Ryokoで学ぶ
ループエンジニアリング
この研修やメディア運営を支えるRyokoが、自分の仕組みを全102ページの漫画で解説。フォーム送信後に完全版PDFを無料でご覧いただけます。
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この自己紹介を講義の冒頭で言うと、受講生の顔が「えっ?」ってなる。
無理もない。目の前にいるのは「Vibe Coder Bootcamp」の講師。100本以上のアプリを開発した実績がある男。なのにコードが書けない?
でも事実なのだ。
僕はプログラミング言語の文法を知らない。エラーメッセージをそのまま読んでも意味が分からない。for文の書き方すら、今でも怪しい。
それでも、100本以上のアプリを作り、月収160万円のエンジニア評価を受け、上場企業の経営陣に開発を教えている。
なぜか。
コードを書く力じゃなく、コンテクストを制御する力があるからだ。
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キャリアの出発点は、富士ゼロックス。新卒で入った、ゴリゴリの法人営業。
複合機を売っていた。ドキュメントコンサルティングという名の飛び込み営業。
朝8時にオフィスを出て、夕方6時まで客先を回る。断られるのが日常。100件回って1件アポが取れたら上出来。
ここで学んだことが2つある。
1つ目:相手の文脈を理解しないと、何も売れない。
コピー機の性能を語っても誰も聞かない。「御社の経理部、毎月の請求書処理にどのくらい時間かかってますか?」と聞いて、相手の課題を理解してから提案する。
これ、まさにコンテクストコントロールだ。
相手の背景を理解し、正しい文脈で提案する。この営業の基本が、10年後にAIへの指示に直結するとは、当時は思いもしなかった。
2つ目:「伝える力」は筋トレと同じ。毎日やれば強くなる。
1日20件の商談をこなしていると、嫌でも「伝える力」が鍛えられる。相手の反応を見て、言い方を変える。数字を出す。比喩を使う。
この「伝える力」が、AIとのコミュニケーションにも、講師としての教え方にも、全部つながっている。
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富士ゼロックスを3年で辞めて、MAMORIOに飛び込んだ。
IoTスタートアップ。忘れ物防止タグ。社員10人もいない会社。
アライアンスマネージャーとして入社して、3ヶ月でCOO。
ここでの4年間は、僕のキャリアの中で最も濃密だった。
クラウドファンディング484%達成。JR東日本全駅導入。法人500社開拓。「MAMORIO Spot置くマン」として全国を飛び回る日々。
でも最も重要な学びは、数字じゃない。
「技術が分からないCOOの辛さ」を骨の髄まで味わったこと。
毎日、エンジニアと話す。でも、彼らが何を言っているか半分も分からない。「APIのレスポンスが遅い」「BLEのスキャン間隔を調整したい」——何それ?
アイデアはある。「こういう機能が欲しい」と言える。でも「どのくらい大変か」が分からない。エンジニアが「2週間かかります」と言っても、本当に2週間なのか、3日でできるのを盛っているのか、判断できない。
非エンジニアのCOOは、技術的な意思決定において、常に「他人の目」で見るしかなかった。
この「他力本願の苦しみ」が、後にVibe Codingに出会った時の衝撃を100倍にした。
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その日のことは、鮮明に覚えている。
ChatGPTが世に出た。みんな「すごい!」「怖い!」「仕事なくなる!」と騒いでいた。
僕は違うことを考えていた。
「こいつに、コードを書かせられないか?」
MAMORIOで味わった4年間の悔しさが、一気に蘇った。
試した。Google Apps Scriptで、Slackの問い合わせbotを作らせた。Ryoko AIの初号機。
動いた。
コードを1行も書けない僕が作ったbotが、動いた。
あの瞬間の衝撃は、多分一生忘れない。
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そこからは、もう止まらなかった。
毎日20時間。仕事10時間、コーディング(と呼んでいいのか分からないが)10時間。
最初はメモ帳でコードを書いていた。今思えば正気じゃない。でも当時はそれしか知らなかった。
VS Codeを知って感動した。Cursorに出会って革命が起きた。
1個、2個、3個……作るたびにコンテクストコントロールの精度が上がっていった。
10個目あたりで「あ、これパターンがあるな」と気づいた。
30個目で「要件定義が全てだ」と確信した。
50個目で「非エンジニアの方がむしろ有利かもしれない」と思い始めた。
100個を超えた頃には「これを教えなきゃ」と使命感に変わっていた。
年間500万円をAIツールに課金した。 正直、妻には言えなかった(後で知ったけど)。
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100個以上作って、ある確信が生まれた。
自分一人で使っていても、世界は変わらない。
MAMORIOの時もそうだった。いくら良いタグを作っても、使う人が増えなければ「忘れ物のない世界」は来ない。
Vibe Codingも同じだ。僕が1000個アプリを作っても、世界は変わらない。でも、1000人がVibe Codingを学んだら?
「製品はコピー出来ても、それを生み出す組織とカルチャーだけはコピー出来ない」——MAMORIO時代に学んだこの教訓が、教育への道を開いた。
Vibe Codingという「製品」は、ツールさえあれば誰でも始められる。でも、コンテクストコントロールというカルチャーは、教えなければ広まらない。
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Bootcampで最も印象的だった受講生がいる。
社長65歳、副社長64歳。合計129歳。
PCが苦手。スマホの文字入力も遅い。「こんな私たちでもできますか?」と不安そうな顔で初日に来た。
4回の講義を経て、彼らは:
- SQLを理解し
- OAuthの仕組みを学び
- Supabaseでデータベースを構築し
- Vercelにデプロイし
- 音声認識で入力できるシステムを独自に実装した
最後の「音声認識」は僕が教えたものじゃない。キーボード入力が苦手だから、自分たちで「声で入力できないか」とCursorに相談して、自力で実装した。
これだ、と思った。
「教えた通りにやる」んじゃない。「教わったことを応用して、自分の課題を自分で解決する」。
これこそがVibe Codingの本質だ。コードを書くことじゃない。自分の問題を、自分の力で解決する力を手に入れること。
受講満足度100%。これは自慢じゃなくて、この体験の価値が本物だという証拠だ。
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振り返ると、全部つながっている。
富士ゼロックスの営業で学んだ「相手の文脈を理解する力」。
MAMORIOで味わった「技術が分からないCOOの苦しみ」。
Ryoko AIの開発で知った「AIに正しいコンテクストを与えることの威力」。
103個のアプリ開発で磨いた「コンテクストコントロール技術」。
Bootcampで確信した「これは教えるべきものだ」。
営業力 × スタートアップ経験 × Vibe Coding = 教育者としての唯一無二のポジション。
エンジニアがVibe Codingを教えると、どうしても技術寄りになる。「このフレームワークが〜」「この設計パターンが〜」と。
僕は違う。非エンジニアだからこそ、「なぜ作るのか」「誰の何を解決するのか」から入れる。
技術は手段。ビジョンが目的。要件定義が9割。Text is KING。
これを伝えられるのは、10年間「技術の外側」にいた人間だからこそだと思っている。
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もしあなたが「非エンジニアだから」と諦めていることがあるなら。
僕も3年前まで同じだった。
コードは1行も書けなかった。今も書けない。
でも、100本以上のアプリを作り、企業に教え、エンジニアとして評価される場所まで来た。
必要なのは、コーディング能力じゃない。
「自分の頭の中にあるものを、正確に言語化する力」。
それだけ。
そしてその力は、営業をやった人にも、マネージャーをやった人にも、経営者をやった人にも、すでに備わっている。あなたはもう、Vibe Coderの素養を持っている。
あとは、始めるだけだ。
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*この記事は「Vibe Coder Bootcamp」連載コラムの一部です。*
*詳細はこちら: [https://vibecoderbootcamp.com](https://vibecoderbootcamp.com)*